よしつねほっこうでんせつ
義経北行伝説
国内
流言・風説
- どんな話か
- 平泉の衣川で自害したとされる源義経が実は生き延び、北へ逃れて蝦夷地やさらにその先へ渡ったとする生存説。岩手・青森の沿岸には義経一行が立ち寄ったとされる地名や史跡が点在する。
- 細部
- 1189年の衣川の戦いで義経が死ななかったとする説は江戸時代から唱えられ、水戸藩主・徳川光圀が探索のため蝦夷地へ「快風丸」という船を派遣したとも伝えられている。宮古市・田野畑村・八戸市などには義経や弁慶にまつわる地名や旧跡が残り、後にこの生存説は義経が大陸に渡ってチンギス・ハーンになったとする説にまで発展していった。
- 広まり方
- 江戸時代の学者による考証やその後の紀行文に加え、1879年に末松謙澄が英語論文で発表した「義経=ジンギスカン説」が明治・大正期の書籍を通じて全国に広まり、現在も岩手・青森の沿岸自治体が観光ルートとして案内している。
- 地域
- 岩手県平泉町から青森県八戸市など北へ至る沿岸各地
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 口承で流布
口伝えや報道で広まり、明確な起源が特定されていない。 - タグ