くまもとじょうのぎんなんのよげん
熊本城の銀杏の予言
国内
流言・風説
- どんな話か
- 熊本城を築いた加藤清正が、城内に植えた銀杏の木が天守と同じ高さになった時この城で戦が起こると予言したと伝えられ、後にその通り西南戦争の戦場となったとされる。
- 細部
- 熊本城が「銀杏城」の別名を持つのは、清正が非常食用として天守前に銀杏を植えたことに由来するとされ、朝鮮出兵の際の籠城戦で飢えに苦しんだ経験から食用になる銀杏を選んだと考えられている。あわせて「この銀杏が天守と同じ高さになった時、異変が起こる」という清正の予言が伝えられており、明治10年(1877年)の西南戦争の直前、天守や本丸御殿とともにこの銀杏も焼失したことから、予言が的中したと語られるようになった。焼け残った根元から生えた脇芽が育ち、現在の大銀杏になっている。
- 広まり方
- 熊本城にまつわる城下の言い伝えとして地元で語り継がれ、観光案内や郷土史でも紹介されている。
- 地域
- 熊本県熊本市(熊本城)
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ