ぜにふりやしき
銭降り屋敷
国内
物品・機械
- どんな話か
- 元禄2年、大町刑部頼利の屋敷に小石や銭が降り続けた怪異で、正徳6年にも同様の現象があったという。
- 細部
- 大町から南に延びる東一番丁は、かつて塩倉丁と呼ばれていた。この地にあった大町刑部頼利の屋敷では、元禄二年(1689年)六月、無数の小石が飛び込んできたのに続いて銅銭が二枚三枚、さらに五枚六枚と降り注ぎ、最終的に百数十枚にも達したという。屋敷の跡を継いだ勘解由重頼の代になって中島丁へ屋敷替えとなったが、正徳六年(1716年)五月十二日にもふたたび銭が降り、三か月のうちに二十五枚に達した。不思議に思った親類の大町将監がこれを五代藩主吉村の目にとめてもらったところ、見た目には普通の銭と何ら変わりがなかったという。
- 広まり方
- 『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説・屋敷城館の部に記録されている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ