みのぶちょうのいねをくうえまのうま
身延町の稲を食う絵馬の馬
国内
物品・機械
- どんな話か
- 鬼子母神堂の狩野探幽筆の馬の絵馬が夜な夜な抜け出して稲を食い荒らしたため、祈祷でその動きを封じたという。
- 細部
- 身延町、身延山の奥の院へ向かう道中、稚児池の下にある鬼子母神堂には、狩野探幽が描いたと伝わる馬の絵がある。この絵馬の足元と口先にはいつも泥がついており、これは絵の中の馬が夜な夜な抜け出しては、梅平という場所の稲を食い荒らしていたためだという。農民たちはこれにたいそう困り果てていたと伝えられている。あまりの被害の大きさから、後に堂では祈祷を行い、この絵馬の馬が抜け出さないよう封じ込めたのだという。
- 広まり方
- 1929年刊『旅と伝説』掲載、福計士「身延山と伝説」と、2001年刊『民具マンスリー』掲載、大嶋善孝「絵や彫刻が悪戯をする話」に、それぞれ記録がある。
- 地域
- 山梨県身延町
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ