こそだてごま
子育駒
国内
物品・機械
- どんな話か
- 田村麻呂に贈られた木馬が戦を助け、後に模作された木馬が子供を強く育てたという三春の子育駒伝説。
- 細部
三春町に伝わる木馬の伝説。大滝根山の石窟にこもる大多鬼丸という賊を征討するため坂上田村麻呂が出陣するにあたり、清水寺を開いた延鎮上人が、仏像を刻んだ際に残った木材で100匹の鞍馬を彫り上げて贈ったという。田村麻呂はこれを鎧櫃に納めて戦場へ向かったが、劣勢に陥っていたところへ、どこからともなく100匹の鞍馬が陣中へ駆け込んできた。兵たちはこぞってそれにまたがり、大滝根山へ攻め上って勝利をおさめたが、凱旋のときにはその鞍馬はことごとく姿を消していたという。
翌日、木馬が1体だけ三春に近い高柴村で汗みずくになっているのが見つかり、杵阿弥という人物が延鎮上人の鞍馬に間違いないと悟って、残る99体を自らの手で彫り足した。それから3年後、見つけたその1体もまた行方知れずとなり、99体は子孫へと受け継がれていった。杵阿弥の子孫がこの木馬を写して村人に配ったところ、遊んだ子供は達者に育ち、病にかかっても軽く済んだため、子育駒と呼ばれるようになったという。
- 広まり方
- 1967年の『福島県史 24 民俗2』所収、梅宮茂の玩具に関する記録による。
- 地域
- 福島県三春町
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ