うばすぎとちゅうぎすぎ
姥杉と忠義杉
国内
物品・機械
- どんな話か
- 鉄道工事で伐られた姥杉が夜な夜な泣いたといい、三度枯れて蘇った杉や、原田甲斐に斬られた安芸を悼んで折れた忠義杉も伝わる。
- 細部
鉄道が敷かれる際に伐り倒された姥杉は、その後夜な夜な泣き声をあげたという。同じように姥杉と呼ばれる木は県内の他の場所にも多くあるが、多くは由来や言い伝えを持たない。仙台市の川内仙台城本丸跡(今はない)、太白区長町茂ヶ崎の旧大年寺楼門前、青葉区八幡五丁目の山上清水姥神(今はない)、涌谷町箆岳観音堂、築館町双林寺などにその名が残る。別の場所には、三度枯れてはそのたびに蘇ったという杉が惣門の脇に立っている。
さらに、寛文11年(1671年)3月27日の午後、江戸城大手にある大老酒井雅楽頭の屋敷で伊達安芸が原田甲斐に斬られたちょうどその時刻、伊達安芸の屋敷の玄関脇にあった大杉が突然折れたという。折れ口には銅の鍋がかぶせて伏せられていたことから、「安芸さんの鍋冠り杉」または「忠義杉」とも呼ばれている。
- 広まり方
- 出典は『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説「木の部」に3話が収められている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ