はこびだされてえきびょうをまねいたためとものしんぞう
運び出されて疫病を招いた為朝の神像
国内
物品・機械
- どんな話か
- 為朝が異類退治の後に自ら刻んだ楠の像を島外へ運んだところ、疫病が流行り多くの死者が出たという。
- 細部
- 八丈島で異類を退治した源為朝は、島を守護するため、自分の姿を楠材に刻ませて祀った。その神像には幕府から毎年鎧が奉納される慣例があった。ところが正徳二年、誤って像を島外へ運び出したところ、島ではもがさ、すなわち疱瘡が流行し、島民四百人が命を落としたと記録されている。為朝像の由来と、持ち出しに伴う疫病の出来事は、天野信景の『塩尻』を収めた『日本随筆大成』第3期(1977年)の記述に見える。
- 広まり方
- 日本随筆大成第3期(1977年)所収の「塩尻」(天野信景)に記録がある。
- 地域
- 東京都八丈町
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ