しがのやくし
志賀の薬師
国内
物品・機械
- どんな話か
- 慈覚大師開基の際、一夜で堂を建てようとした飛騨工匠が鶏の空鳴きで立ち去ったとされ、化石の牛や絵馬から抜け出す馬の伝説も伝わる。
- 細部
貞観2年(861)、慈覚大師がこの堂を開いたときのことである。飛騨の工匠が、一夜のうちに堂を建ててみせようと申し出た。ところが村人が夜明け前に鶏の鳴きまねをしたため、夜が明けたと思い込んだ工匠は、天井板をあと一枚張り終えぬまま作業を諦めて去ってしまったという。堂の前にある坂の途中に鎮座する蛇石は、堂の材木を運んでいた牛が転んでそのまま石に姿を変えたものだと伝えられる。
また堂内にかかる狩野法眼元信の描いた絵馬には、当初手綱が描かれていなかったため、絵の中の馬が抜け出して畑を荒らす被害が相次いだという。そこで元信にあらためて頼み、手綱を描き加えてもらったところ、ようやく被害はおさまったと伝えられている。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』伝説・祠堂の部に記録がある。
- 地域
- 宮城県岩沼市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ