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千体の仏像のイメージ挿絵
この挿絵は当サイトが項目ごとに用意したイメージ画像です。写真や原典の図版ではありません。

せんたいのぶつぞう

千体の仏像

国内 物品・機械
どんな話か
文徳天皇の代に因幡で暴れた賊を、下向した行平朝臣が千体の仏像を祀って平定し、余材で羽子板を作り朝廷に献上したという伝説。
細部

平安初期、文徳天皇の御代のこととして伝わる。因幡国の金屋千賊谷という谷には多くの盗賊が根城を構え、付近の住民を苦しめていた。賊の首領は、地元の富豪であった鳥越長者の娘に化けの皮を被って近づき関係を結んだが、乳母がその正体を見抜いたため、恥じた娘は自ら命を絶ってしまったという。これを機に賊はいっそう凶暴になったと伝わる。朝廷の命を受けて因幡国に下ってきた行平朝臣は幾度となく討伐に乗り出したものの成果が上がらず、いったん都へ呼び戻された。

そこで行平朝臣は神仏の加護を求めて千体もの仏像を彫らせて安置したところ、ようやく賊を鎮めることができたという。このとき仏像を彫った残りの木材を用いて十二枚の羽子板をこしらえ、朝廷に献上したと語り継がれている。

広まり方
『旅と伝説』1935年掲載の板祐生「山陰の伝説玩具概見」に記録が残る。
地域
鳥取県鳥取市
年代
平安時代
検証状況
伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。

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