せんじゅかんぜおんぼさつ
千手観世音菩薩
国内
物品・機械
- どんな話か
- 霊亀元年、須佐の漁師兄弟の網に光る小石がかかり続け、それが千手観音であったことから堂を建て阿弥陀三尊を安置した極楽寺の由来。
- 細部
- 元正天皇の御代のことである。勘少と藤六という兄弟が、網引きや釣りをして日々の暮らしを立てていた。霊亀元年の春、小佐が瀬というところへ船を出し、引き上げた網の中を検めてみると、魚の代わりに小石ばかりが入っている。不思議に思ってその石を捨て、場所を変えて漁を続けても、同じように小石ばかりが網にかかることが七度も続いたという。そこで兄弟はその小石を船に置いたまま漁を続けてみたところ、思いがけず大漁に恵まれた。喜んで帰路につき、夜になると船の中がほのかに明るく光っていることに気づく。光の正体はあの小石で、勘少がこれを家に持ち帰ってみると、それは千手観世音菩薩の像であった。兄弟はさらにお堂を建てて千手観音を祀りたいと願うと、観音自らが姿を現し、本当の姿は阿弥陀仏であること、行基に頼めばよいことを告げた。行基に依頼すると、阿弥陀・観音・勢至の三尊がお堂に安置されることになった。これが須佐の古寺と呼ばれ、現在の極楽寺のはじまりだという。
- 広まり方
- 2003年の『みなみ』に掲載された磯部宅成「豊浜の風俗、習慣、言語について」に記録がある。
- 地域
- 愛知県南知多町
- 年代
- 奈良時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ