おいわけにょらい
笈分如来
国内
物品・機械
- どんな話か
- 快慶が精魂込めた阿弥陀如来像が笈を開くと光とともに二体に分かれ、覚明と快慶がそれぞれ一体ずつ背負って別れたという由来譚。
- 細部
出羽国寒河江の慈恩寺にいた覚明阿闍梨は、湯殿山で見た霊夢のお告げにより、阿弥陀如来の本尊像を作ってほしいと京都の仏師、安阿弥快慶に依頼した。快慶は精魂を込めてこれを作り上げたが、あまりの会心の出来映えに手放すのが惜しくなり、まだ完成していないと偽って覚明を帰らせてしまう。翌年、約束どおり再び訪れた覚明にようやく像を渡すことになった快慶は、名残を惜しんで近江の草津まで見送りについていった。
別れ際に笈を開いてみると、一筋の光が差したかと思うと、一体だったはずの阿弥陀像がいつのまにか二体に分かれており、どちらが本仏でどちらが化仏かも判然としなかったという。そこで二人はそれぞれ一体ずつを背負い、笈分如来とも身分け如来とも呼ばれるようになった。覚明は夢に見た、南北に川が流れ一本の菩提樹が生える土地を探し当て、そこに像を移したのがこの地だという。残るもう一体については、安置場所を京都市下京区の富小路六条角にある蓮光寺と伝える。
- 広まり方
- 出典は『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説「祠堂の部」。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ