おだわらのさかわへかえるかんのんぞう
小田原の酒匂へ帰る観音像
国内
物品・機械
- どんな話か
- 処刑を前にした護良親王が村人へ託した像が、難波ではなく酒匂へ帰りたいと望んだという話。
- 細部
- 大塔宮護良親王は首を刎ねられる直前、手元の観音像を村人に預け、難波の地で祀ってほしいと言い残したという。ところが像のほうは酒匂へ帰りたいと望んだため、託された者たちは遺言どおりにはせず、観音と縁の深い南蔵寺へ運んで安置することになった。人の遺志よりも像自身の意向が優先されている点がこの話の要で、その寺に像が伝わる理由を説明する縁起として語り継がれてきた。
- 広まり方
- 1981年の『常民文化研究』所収、林富美子「相模の民話⑱」に記録がある。
- 地域
- 神奈川県小田原市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ