じょうろうせき
上﨟石
国内
物品・機械
- どんな話か
- 東海道赤坂の遊女力珠の前は三河守大江定基と恋仲だったが死後その愛執が石になったため、定基は出家して寂照法師となり長保2年に唐へ渡ったという話。
- 細部
- 東海道の赤坂にある宿場の長者のもとに、力珠の前という名の娘がいた。この娘は遊女であり、三河守を務めていた大江定基と深い恋仲にあったという。ところがこの娘が亡くなったのち、その愛執の念が石に姿を変えてしまったのだといい、これを見た定基は娘との縁を断ち切る決意を固めて出家し、寂照法師と名を改めた。そして長保2年、寂照法師となった定基は唐の地へと渡っていったのだと伝えられている。
- 広まり方
- 1977年刊『日本随筆大成』第三期に収める「関秘録」(著者未詳)に記されている。
- 地域
- 愛知県豊川市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ