じょうぎにょらい
定義如来
国内
物品・機械
- どんな話か
- 平重盛が宋から贈られた阿弥陀如来画像を筑後守貞能が守り継ぎ、建久9年の死に際してこの地に堂を建てさせたという。
- 細部
- この本尊は、平家の重臣であった小松内大臣重盛が、宋の径山寺の仏照禅師に黄金を布施して逆修(生前供養)を営んだ際に贈られた阿弥陀如来の画像だという。重盛の遺言により、家臣の筑後守貞能がこの画像を守り持ち、肥後入道と名乗って常陸国に身を隠したのち、さらにこの地へ移り住んで平家一族の冥福を祈り続けた。建久9年(1198年)7月7日、貞能は自らの死に際して、亡骸の上に堂を建ててこの画像を本尊とするよう遺言し、それがこの寺の起こりになったという。仙台地方では古くから、一生に一度の願いが必ず叶うとされている。
- 広まり方
- 出典は『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説「祠堂の部」。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 鎌倉時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ