じぞうぼさつ
地蔵菩薩
国内
物品・機械
- どんな話か
- 弘法大師が刻んだ二体の像が乱世で土に埋もれ、夢告と猿の導きにより掘り出されて祀られた。
- 細部
- 柿の木部落に、地蔵菩薩を篤く信じる兄と、青面金剛を信じる弟が住んでいた。訪れた弘法大師は二人の信心に心を打たれ、それぞれの本尊を刻んだという。後の世に、松が鼻へ地蔵堂が、松尾坂の麓には青面金剛の堂が建てられた。ところが世が乱れて堂は失われ、像は土の中に埋もれてしまう。時を経て、北宇和郡広見町深田の庄屋である河野勘兵衛通行が松が鼻で石を枕に休んでいると、夢の中に地蔵菩薩の姿が立ち、自分を土から出して弔えば女の出産を無事に導こうと語りかけた。通行が掘り出して祀ったのが今の子安地蔵である。その後、再びの夢告と二匹の猿の導きによって松尾坂の青面金剛も掘り出され、堂が建てられた。これが庚申堂であるという。
- 広まり方
- 1983年刊『愛媛県史』第四章第三節、佐々木正興による信仰的な講の記述に載る。
- 地域
- 愛媛県宇和島市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ