いぬそとばいし
犬卒塔婆石
国内
物品・機械
- どんな話か
- 大猪を追う兄弟に加勢した白犬の死を弔う塔婆とも、娘を娶った飼犬を弔う塔婆ともいう、由来の異なる二つの伝え。
- 細部
この犬卒塔婆石については、由来の異なる二通りの話が伝わっている。一つは、嵯峨天皇の御代に京の人々を悩ませていた年経た大猪を追って、小野篁が会津磐梯山へ向かった際、番二、番三郎という兄弟に加勢を命じたという話である。兄弟は大きな白犬を連れて猪を追い、蔵王の麓でついに発見すると、白犬が猪と組み合っている隙に一矢ずつを射込んで仕留めたが、白犬もまた深手を負って死んでしまい、その供養のために塔婆が建てられたのだという。
もう一つは、幼い娘に対して母親が戯れに、飼犬へ「この子の後始末をしてくれたら娘をやろう」と口にしたことから始まる話である。娘が年頃になっても、縁談で訪れる者はことごとく飼犬に噛み殺されてしまい、母親はついに十年前の戯言を思い出して娘に事情を語り、泣く泣く娘を飼犬に添わせて近くの洞穴に住まわせた。この石は、その飼犬が死んだときに建てられた供養塔なのだとも語られている。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』の伝説:石・岩の部に、由来の異なる二通りの話が記録されている。
- 地域
- 宮城県白石市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ