ぎゅうせいをはっしたはしら
牛声を発した柱
国内
物品・機械
- どんな話か
- 天延3年4月、内裏南殿の柱が牛のように吼え、その年11月の武徳殿焼亡の前触れではないかとされた。
- 細部
- 天延3年(975年)4月1日のことである。内裏の南殿、その母屋を支える柱の一本が、突如として牛のような声を発して吼えたという記録が残されている。柱が声を出すというのは尋常ならざる出来事であり、当時の人々はこれを何かの前触れとして受け止めたようである。同じ年の11月には武徳殿が焼け落ちるという事態が実際に起きており、後になって振り返れば、あの春の柱の異音こそがこの火災を予告するしるしだったのではないかと語られている。
- 広まり方
- 1975年刊『日本随筆大成』第二期の滝沢馬琴『燕石雑志』に記されている。
- 地域
- 京都府京都市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ