ごふ,(さむはら)
護符
国内
物品・機械
- どんな話か
- 寛文8年、紀州の鉄砲師吉川源五兵衛が大宮鷹場の吉野村で白い雉を撃てず、捕らえた雉の背にあった4字を怪我除けの護符と考え的に書いて試したがやはり当たらなかったという。
- 細部
- 寛文8年、紀州で鉄砲師をしていた吉川源五兵衛が江戸へ出てきた。大宮の鷹場に含まれる吉野村という土地で白い雉を見つけて撃ったものの、弾はどうしても命中しなかった。ようやく罠を仕掛けて生け捕りにしたところ、その背中に見慣れない4字の文字が書き記されているのを見つけた。源五兵衛はこれを怪我除けの護符ではないかと考え、試しに的にこの文字を書いて撃ってみたところ、やはり弾は当たらなかったという。この4字は、弾除けの護符の1つとして伝えられているものである。
- 広まり方
- 1973年刊行の『日本随筆大成』第二期に収められた山崎美成「提醒紀談」に記されている。
- 地域
- 埼玉県さいたま市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ