だいにちにょらい
大日如来
国内
物品・機械
- どんな話か
- 上杉景勝の攻城で焼かれた大日如来像は焦げるのみで、川に流しても上流へ戻り、後に僧が神社へ納めたと伝わる。
- 細部
- 戦国の世、城が尾にあったという攻め落としがたい城を上杉景勝方が攻めた際、猿八の住人が野田側からの道筋を教えたために城は陥落したという。このとき城内にあったシンラク寺の本尊とされる大日如来の像も兵火にさらされたが、像は焦げただけで焼け崩れることはなかった。始末に困った者たちが川へ流して捨てようとしても、像は流れに逆らって上流へとさかのぼってしまい、とうとう捨てることができなかった。時を経て、慈宣という僧がこの像を引き取り、飯持神社に安置して祀ったので、以後はそこで大切に扱われるようになったという。
- 広まり方
- 『伝承文芸』2001年掲載、國學院大學民俗文学研究会「新潟県佐渡郡畑野町昔話集」に記録がある。
- 地域
- 新潟県佐渡市
- 年代
- 戦国時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ