ふぁらおののろい
ファラオの呪い
Curse of the Pharaohs
国外
呪物・呪い
- どんな話か
- ツタンカーメン王墓の発掘に関わった人々が次々と死んだとされる呪いの噂。
- 細部
- 1922年11月にハワード・カーターの発掘隊がツタンカーメン王墓を開けたが、墓室に呪いの銘文は見つかっていない。1923年、作家マリー・コレリが新聞に「王墓を暴いた者には災いが下る」という趣旨の警告文を寄稿した2週間後に出資者カーナヴォン卿が死去し、各紙が呪いとして大きく報じた。実際の死因は蚊に刺された傷が化膿して丹毒を起こし、肺炎を併発したためとされる。発掘に立ち会った58人のうち12年以内に死亡したのは8人にとどまり、カーター自身は16年以上、姪のイヴリン・ハーバートは57年生き延びており、コレリが根拠とした本もありふれた説話集にすぎないと研究者から評価されている。
- 広まり方
- 1923年の新聞報道を発端に世界的な都市伝説となり、以後も映画や小説で繰り返し取り上げられている。
- 地域
- エジプト
- 年代
- 1923年
- 検証状況
- 創作起源が判明
特定の投稿・作品が起源だと判明している。 - タグ