むなかたしのかいていがねひきあげのたたり
宗像市の海底鐘引揚げの祟り
国内
物品・機械
- どんな話か
- 筑前鐘ケ崎の海中に沈んだ鐘を黒田長政やその後の領主が引き揚げようとするたび、暴風雨や大波が起きて多くの死者が出たと伝わる。
- 細部
- 筑前の鐘ケ崎沖の海底には、いつからか大きな鐘が沈んでいると言い伝えられてきた。慶長年間、当地の領主であった黒田長政がまず最初にこの鐘を引き揚げようと試みたが、これに続いて三代目、四代目にあたる領主たちも同様の企てを行っている。最初の試みでは鐘が海中で少し持ち上がった途端、急に激しい風と雨に見舞われ、作業に使った船が壊れて乗っていた人々の多くが溺れて命を落とした。二度目の試みではさらに規模が大きく、大地が鳴り轟いて船も人もばらばらに砕け、鐘に結んだ綱の先にある龍頭の飾りが割れると同時に巨大な波が押し寄せ、周辺の家々や田畑まで押し流されてしまったという。
- 広まり方
- 1974年の『日本民俗学』に掲載された野村純一の論考「沈鐘伝説についての一考案」に記録がある。
- 地域
- 福岡県宗像市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ