あらくまのおおかみ
荒熊の大神
国内
物品・機械
- どんな話か
- 大正5年、修験者沢井音吉が熊鷹大神の霊場で受けたお告げから荒熊大神を祀り、苗の予備確保や藍染の調合指南など数々の霊験が伝わる。
- 細部
- 大正五年のこと、修験者の沢井音吉が熊鷹大神をまつる霊場にこもって厳しい修行に励んでいたところ、心清く神にすがる者であればどのような願いも聞き届けようというお告げを受けたという。これをきっかけに音吉は荒熊大神の御霊を自宅に祀り、朝夕欠かさずお勤めを続けるようになった。すると次第に、一人また一人と参拝者が訪れるようになっていったという。ある農家の者は、荒熊大神に参拝したとき、その年は稲の苗を多めに作っておくようにとの告げを受けた。言われたとおりにして田植えを終えると苗が余ったが、その後雨が降り続いて田の稲が流されてしまったため、余分に残しておいた苗を使って植え直すことができたという。また、染色を商いとしていた大西という人物は、藍色の調合が思うようにいかず苦しんでいたが、一心に荒熊大神へお告げを乞うたところ、調合のやり方についての教えを授かった。その教えのとおりに調合してみると、色鮮やかな藍染の絞りの浴衣ができあがり、以後この藍染は評判となって名を高めたと伝えられている。
- 広まり方
- 2002年の『みなみ』に掲載された磯部宅成「山海の里に鎮座される荒熊神社」に、これらの話がまとめて記録されている。
- 地域
- 愛知県南知多町
- 年代
- 大正時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ