あかずのかんのん
あかずの観音
国内
物品・機械
- どんな話か
- 山津波で堂を失った観音が閼伽流山へ移り、扉を開けると元の親沢へ帰るため開けられないという。
- 細部
- 現在も観音堂と呼ばれる場所には江戸中期まで立派な堂が構えられていたが、ある年の山津波で押し流された。観音は難を逃れて北佐久郡の閼伽流山へ移ったと伝わり、以来あかずの観音と称される。移った先では、厨子の扉を開ければ元の親沢へ戻ってしまうというので、誰も開けることができない。のちに閼伽流山から親沢の妙音寺へ戻った住職が、観音を連れてくればよかったと言い残して世を去ったとも語られる。
- 広まり方
- 1987年刊行の『長野県史 民俗編 東信地方 ことばと伝承』所収、細川修・松本清人による地蔵や薬師や観音の伝説の項による。
- 地域
- 長野県小海町
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ