あごなしじぞう
あごなし地蔵
国内
物品・機械
- どんな話か
- 平安の昔、島流しの小野篁が娘阿古那と結ばれ、京へ戻る際に残した像が歯痛封じの地蔵として今も信仰されているという。
- 細部
- 平安の昔、罪により壱岐島へ流された小野篁は、島の娘であった阿古那と深い仲になり、およそ三年をともに過ごしたという。京へ召し返される日が近づくと、篁は別れの証にと自分たちの姿を写した二体の像を彫り残していった。この像はのちに歯痛を鎮める霊験あらたかな地蔵として祀られるようになり、遠方からも参拝者を集めている。現代でも治癒を報告する礼状が寄せられており、妊婦の痛みが治まったことへの感謝や、高齢の参拝者からの喜びの声が伝えられている。
- 広まり方
- 1977年の『みなみ』に掲載された林長蔵「あごなし地蔵と馬場の地蔵」に記録がある。
- 地域
- 長崎県壱岐市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ