しにまつわるぞくしん
死にまつわる俗信
- どんな話か
- 遠野には死の前触れを告げる俗信や、霊魂を鎮め弔うための葬送の習わしが数多く伝わっている。
- 細部
遠野市には、人が亡くなる前触れとされる俗信がいくつも伝わっている。死期が近い人は、二、三年前あたりから何やら影が薄くなっていき、よくつまずくようにもなるという。病人が息を引き取る直前には、二、三日前あたりから子どもたちが枕元に来て騒いでいるように感じられ、この幻覚が見えだすといよいよ死が近いとされた。ある老爺は、ひげを剃ろうと鏡をのぞいた朝、突然「小鼻が落ちている、これは自分は死ぬ」と口にし、家族に取り合ってもらえなかったものの、その翌日にころりと息を引き取ったという実話も語られている。
すでに先立たれた連れ合いの姿が見えると口にした病人も、まもなく後を追うようにして亡くなるとされた。鳥が同じ調子で長く鳴き続けるのも死の前触れとされたが、その鳴き方の解釈は里や家によって少しずつ異なっていたという。ほかにも、小正月の晩に自分の影法師が映らない者や、月の輪の中に星が見える現象に出くわした者は死が近いとされ、墓でつまずいて転んだ者は三年のうちに命を落とすといい、誰かが手を洗った水を浴びせられることも死につながる不吉な出来事とされていた。
人が息を引き取った瞬間には、すぐさま鉦を打ち鳴らす習わしがあり、そうしなければ霊魂がこの世をさまよって浮かばれないのだとされた。僧侶が枕元で経を上げてくれるまでも、やはり霊魂は浮かばれないといわれる。墓地でハチガネと呼ばれる鉦を打ち鳴らしてもらって、死者はそこで初めて自分がすでに死んでいることを悟るのだという。シクワと呼ばれる、紙を細かく削りかけて作った死花を立ててやらないと、死者はあの世へ渡ることができないとも語り継がれている。
棺を送り出す際、厩の馬が嘶くと後を追うように死人が続くといわれ、これを避けようと厩の戸を固く閉め、馬の目を風呂敷で覆い隠すのだが、それでもしばしば嘶いてしまうことがあったという。葬列が途中でばらばらになってしまうと、そのたびに死者が続くとされ、一団となってひとつながりに進むべきものとされた。新しい墓には土を高く盛り、そのかたわらに鎌を突き立てておく風習があり、これは魔を退けるためのものである。
盛った土が高いほど、死者の魂は安らかに浮かび上がるとも信じられていた。葬式で出した一杯飯は、その場で食べずに干しておき、山へ入るときの魔除けとして用いる。また、葬列の先頭に立てる龍頭に結んでいた麻紐を持ち帰り、これで山入りの際に締める三途縄をなうと、同じように魔除けの効果があるとされていた。
- 広まり方
- 1933年刊行の『旅と伝説』所収、佐々木喜善「岩手県遠野地方」に記録された19件の俗信をまとめた。
- 地域
- 岩手県遠野市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ