くらしとやまいのぞくしん
暮らしと病の俗信
国内
儀式・遊び
- どんな話か
- 病を治す呪いから産育・葬送・年中行事まで、日々の暮らしを縛った言い伝えの集まりである。
- 細部
この土地には、生活のあらゆる場面に及ぶ言い伝えが数多く記録されている。病にまつわるものが目立ち、虫歯を封じる文字を紙に書いて門口へ埋めた男や、刃物の刃を立てて裸の腰へ字を書き疝気を封じた者の名が伝わる。海津村の按摩の名人は旅の僧から術を授かったといい、その僧を弘法大師だったろうと語り、患者の腹に手を当てては屋敷内の木をいじった祟りだと言い当てたという。長引く病は何かの祟りか人の生き霊のせいとされ、祈祷の満願の日に用もなく訪ねてくる者が憑いているのだと考えられた。
瘧は死霊のしわざとも、黒い蜻蛉を殺した報いだともいう。余呉湖の血鯉は賤ヶ嶽の戦で湖が血に染まった名残とされ、乳の出をよくする薬にもなると言われた。囲炉裏の内側は荒神の屋敷と呼ばれ、広いほど家が栄え、塗り替えるほど神が喜ぶ。婚礼は二月三月に多い一方で、逃げる、花が散ると嫌う声もあった。胞衣は桑の木の下や床下に埋め、最初にその上を通ったものを子が怖がるという。七十七の厄年には芋の葉の露で喜の字を書いた紙を茶に浮かべて飲み、産で死んだ者が出れば寺で流れ札を書いてもらった。庚申は風邪の神とされ、十二人の子のために小さな萩の餅を重ねて供えたという。
- 広まり方
- 1933年と1935年の『旅と伝説』(井花伊左衛門の民間療法報告を含む)、および1974年の『民俗採訪』所収の滋賀県高島郡マキノ町旧剣熊村の記録(國學院大學民俗学研究会)に見える。
- 地域
- 滋賀県高島市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ