とおののかうんをさゆうするざしきわらし
遠野の家運を左右する座敷わらし
- どんな話か
- 遠野の旧家に伝わる座敷わらしは家の栄枯を左右し、足音や光り物として現れ、会えば不幸や幸運をもたらすという。
- 細部
遠野市には座敷わらしにまつわる話が数多く伝わっている。旧家の座敷には座敷わらしが棲みついているといわれ、そのことじたいがどこか薄気味悪く感じられていたという。ある火事の折には、おかっぱ頭の子どもが腹をすかせた様子で家々を回り、食べ物を求めて歩いたという話もある。取り合わなかった家は焼け落ちてしまったが、食べ物を分けてくれた家は、火元からの隔たりが同じであっても焼け残り、これはお不動様が火の手を避けて回ったからだとも語られた。
座敷わらしをひどく怒鳴りつけて追い払ってしまった家では、その後かまどが傾き蔵まで失う破目になったといい、座敷わらしは自分を邪険にしない人柄の家にだけ住み着くのだとされる。土淵の長者格の家では、雨模様の日に外へ出て遊ぶ座敷わらしがいて、ぬかるんだ道に小さな足形を残していったという。ある家が没落するときには、障子窓から二人の座敷わらしが抜け出して隣家へ移り、移られた側の家はそれから財を築いたと伝わる。
おかっぱのざんばら髪をした座敷わらしがいる長者の家では、一人分の足音がなぜか二人にも三人分にも聞こえ、家運が傾く前触れとしてかまざるほどの光る玉が空を飛び、その光が入った先の家が新たな長者になったのだという。佐々木喜善の家が傾いて仙台へ移る前にも、座敷わらしが隣家へ抜け出していったといい、喜善の家はその後田畑や山林はおろか蔵までも手放すことになった。小友にある二軒の家はいずれも川のそばに位置し、カッパの噂も語られるといい、薄暗い雨の日に赤ら顔で小柄な座敷わらしと座敷でばったり出くわすことがあり、出会った者には不幸が訪れるとも語られる。
ある家の座敷わらしは姿を見せる代わりに、糸車が回るような音を響かせ、時には歩く足音だけが昼夜を問わず聞こえてきたという。小正月には升に米を盛り赤い膳を用意して奥座敷に供える習わしがあり、これは座敷わらしに食べさせるためで、子どもの頃には「泣くと座敷わらしが出てくる」とよく言い聞かされたものだという。
- 広まり方
- 『郷土趣味』1924年掲載、佐々木喜善「ザシキワラシの話」および『あしなか』1974年掲載、菊池照雄「遠野のザシキワラシ」に記録された複数の話をまとめた。
- 地域
- 岩手県遠野市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ