ようげん
妖蚿
国内
未確認生物
- どんな話か
- 妙心寺に伝わる矢尻は、藤原秀郷が妖蚿を退治した際のものとされ、1589年に蒲生氏郷が秀吉の子誕生を機に奉納したという。
- 細部
- 妙心寺には、田原藤太こと藤原秀郷にゆかりの矢尻が伝えられている。藤原秀郷は、妖蚿と呼ばれる化け物を矢で射殺したという武勇伝で知られる武将である。妙心寺に納められたこの矢尻は、その子孫にあたる蒲生氏郷が1589年(天正17年)4月、豊臣秀吉の子・棄君の誕生を祝う機会に奉納したものだという。妖怪退治に使われたとされる武具が、時代を超えて子孫の手から寺へともたらされ、家の由緒を示す宝物として大切に伝えられてきたことがうかがえる。
- 広まり方
- 日本随筆大成第三期1977年収録、天野信景「塩尻」に記されている。
- 地域
- 京都府京都市
- 年代
- 安土桃山時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ