よなごじょうのひとばしらでんせつおくめ
米子城の人柱伝説「お久米」
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 米子城の天守台建造中に石垣が何度も崩れたため、城下で評判の美しい娘「お久米」を人柱にしたという伝説。米子城の別名「久米城」はこの娘の名に由来するといわれる。
- 細部
- 標高約90メートルの湊山に築かれた米子城では、吉川広家の築城時、高石垣を積んでも雨のたびに崩れ、工事の人々が地の神の怒りを恐れた。ある夏、米子の盆踊りの輪へ馬に乗った武士たちが入り込み、町一番の美女と評判だったお久米をさらった。その夜、お久米は湊山に掘られた深い穴へ生きたまま埋められ、人柱にされた。以後、石垣は崩れず城は完成し、城下では盆踊りがしばらく行われなくなった。米子城の別名「久米城」は、この娘の名に結びつけて説明されている。
- 広まり方
- 米子の郷土史や城跡解説サイトを通じて伝わり、米子城が「久米城」とも呼ばれる由来として今も紹介されている。
- 地域
- 鳥取県米子市
- 年代
- 安土桃山時代~江戸時代初期(1591年以降)
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ