みなみうおぬまのおおやまねこたいじとおしあいまつり
南魚沼の大山猫退治と押合祭
国内
未確認生物
- どんな話か
- 按摩に正体を見破られた大山猫が毘沙門堂で退治された押合祭の由来と、左甚五郎作という啼く山猫の面の言い伝え。
- 細部
南魚沼市浦佐の毘沙門堂で催される大祭・押合祭には、次のような発祥譚が伝わる。正月の初め頃、按摩の杢市が毘沙門堂に招かれ、坊主の珍念を揉むことになったが、その骨格がどうも人間のものとは思えない。杢市が恐怖を覚えていると、それを悟った珍念はみるみる口が裂け牙を鳴らして大山猫の正体を現し、口外すれば喰い殺すと言い残して姿を消した。ところが杢市は口止めを忘れて一部始終を話してしまい、これを受けて町内総出の山狩りが行われ、大勢に取り囲まれた山猫は最期を遂げたという。
もう一つの伝承では、諸国を巡っていた左甚五郎がこの山猫退治の話を聞き、毘沙門堂の玄関の棟木にその面を彫り付けたとされ、この面は押合祭のあと3月7日の明け方近くになると夜更けに啼くのだと言い伝えられている。
- 広まり方
- 『旅と伝説』(1935年)掲載の川口榮三「信越伝説玩具吹寄せ」に記録がある。
- 地域
- 新潟県南魚沼市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ