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噂の出所をたどる

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山家明神のイメージ挿絵
この挿絵は当サイトが項目ごとに用意したイメージ画像です。写真や原典の図版ではありません。

やまがみょうじん

山家明神

国内 呪物・呪い
どんな話か
讒言により主君に殺された忠臣山家清兵衛の霊が血まみれの姿で現れて冤罪を訴え、以後この夜は蚊帳をつらない習わしとなった。
細部

山家清兵衛公頼は伊達家に厚く信任された家臣で、長子秀宗の後見役を務めた。元和元年(1615年)、秀宗が宇和島十万石の領主となる際には付け家老としてこれに従った。公頼の忠義は主君からも家中からも信頼を集めていたが、これをねたんだ家老の桜田監物に讒言され、元和5年(1619年)6月晦日、秀宗の命により屋敷を襲われて殺されてしまう。公頼は死に際して、死してもこの無念を晴らすと言い残したという。

その夜、仙台城の伊達政宗の前に血まみれの公頼が現れて冤罪を訴えると、政宗は激怒して秀宗を勘当し、監物をはじめ関わった者たちは次々に変死したと伝わる。宇和島には和霊明神が建てられて公頼が祀られ、仙台にも山家氏の屋敷内に山家明神が建てられて、命日にあたる毎年6月晦日には祭りが営まれている。公頼が蚊帳の吊り手を切り落とされて殺されたという言い伝えから、この夜だけは蚊帳をつらない習わしになったという。

広まり方
出典は『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説「祠堂の部」。
地域
宮城県仙台市
年代
江戸時代
検証状況
伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。

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