わくやのやたけとしょうがつぎり
涌谷の箭竹と正月切り
国内
儀式・遊び
- どんな話か
- 田村麻呂が高丸を射殺したのちに残した箭が竹となって芽吹き、毎年一月二五日にその竹を切る習わしが続く。
- 細部
- 坂上田村麻呂は箆嶽まで高丸を追い詰めて射殺すると、その胴を丘の上に埋め、使い残した箭を塚に突き刺した。そのうえで、これから先も東国で反乱が起きないならば、この箭は七日七晩のうちに根付いて枝葉を出すだろうと誓いを立てたという。果たして誓いのとおりに矢竹が生い茂ったと伝えられ、この故事にちなんで、正月二五日にはこの竹を切り出して新たな箭を作る習わしが今も続いている。武具として使われた箭が育てられる竹へと転じ、年中行事として毎年繰り返される点が特徴的である。
- 広まり方
- 1930年刊『旅と伝説』所収、柳田國男「伝説と習俗」に記録がある。
- 地域
- 宮城県涌谷町
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ