つかずのかね
撞かずの鐘
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 鐘の音の数をめぐる言い争いから娘が命を絶ち、以来この鐘を撞くのは不吉とされた。朝夕の時報はやめられ、今は除夜と大法要のときだけ撞かれる。
- 細部
- 京都市上京区の報恩寺にある鐘は、西陣の織屋が仕事の始めと終わりを知る時報だった。丁稚と織女が夕刻の回数を九つか八つかで争い、丁稚が寺男に頼んでその日だけ八つで止めさせたため、九つが正しいと信じた織女が悔しさから鐘楼で命を絶った。以来、鐘を撞くのは不吉とされ、朝夕の時報は取りやめられ、現在は除夜と大法要のときだけ撞かれる。音の回数の食い違いが怪異の発端になった点が珍しい。報恩寺の梵鐘は平安末期の作で、国の重要文化財に指定されている。
- 広まり方
- 寺の因縁話として地元で語り継がれ、平安末期の作とされる梵鐘の由緒とともに紹介されている。
- 地域
- 京都府京都市上京区(報恩寺)
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ