たゆうぐろ
太夫黒
国内
未確認生物
- どんな話か
- 義経の名馬太夫黒は栃窪の百姓の馬で、水掻きを持ち真野の池の葦を片側だけ食べ続けたと伝わる。
- 細部
源義経が乗用としたことで知られ、ひよどり越えでも大きな働きを見せた名馬を太夫黒という。もとは栃窪に住む久七という百姓のもとで生まれた馬で、この百姓はいつも良い馬を育てていたが、中でも太夫黒はこれまでにない出来の名馬であった。その姿には変わったところが多く、立石山まで出かけては勝手に山遊びをし、真野の池では葦ばかりを食んで、日が暮れても帰ってこないこともあったという。
しかも足には水掻きのようなものまで備わっていたと伝えられている。それでも見事な成長を遂げたことから、久七は藤原秀衡にこの馬を献上し、やがて義経の出陣にも用いられることとなった。真野の池の葦がいまも片側だけ伸びているのは、太夫黒が片方の葉ばかりを食べ続けた名残なのだという。
- 広まり方
- 1967年の『福島県史 24 民俗2』所収、和田文夫による樹木に関する伝説の記録に見える。
- 地域
- 福島県南相馬市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ