たたり
崇り
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 溺れ死んだ瞽女の祟りで水死が続き、供養塔が建てられ人柱の墓も移されたと伝わる。
- 細部
- 延宝の頃、水に落ちて亡くなった瞽女の祟りにより、その川で命を落とす者が相次いだという。そこで水難を鎮めるための供養塔が建てられた。さらに弘化二年には流れ者の侍が人柱に立ったと伝えられる。ところがその侍を葬った墓所からは川の土手が見通せず、これでは土手の見張り役が務まらないという理由で、墓は現在の場所へ移されたという。死者を祀ることが実際の水防と結びつけて語られている点が特徴で、供養塔と墓の位置そのものが伝えの根拠になっている。
- 広まり方
- 『日本の石仏』1991年に載った山本力「塔に潜む崇り」に石造物の由来として記されている。
- 地域
- 神奈川県横浜市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ