たたり
祟
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 信長の妙国寺蘇鉄移植の夜の怪異と、文政11年鳥辺野で山の神の塚を掘り明智の霊が祟ったという二つの伝え。
- 細部
- 織田信長が妙国寺にあった蘇鉄を他所へ移させたところ、その晩から不可解な出来事が続けて起こったと伝えられている。また文政11年には、鳥辺野の地蔵山で土砂を採取していた人足たちが、地元で山の神が宿るとされていた場所まで掘り進めてしまうということがあった。掘り進めていくと大きな壺に行き当たり、不気味には思ったものの、そのまま周囲や底のほうまで掘り続けた。すると突然地中が鳴動し、壺が滑り落ちる音に驚いた人足が命を落としてしまう。さらに工事の世話役を務めていた数名までもが相次いで重い病にかかり、次々と亡くなっていった。困り果てた人々が老尼の祈禱者に頼んで神おろしをしてもらうと、老尼は気を失ったようになったのち、幣を持たされるや形相を変え、自分は明智一族の者であり、この山に葬られて山の神と呼ばれてきたが、理不尽な扱いを受けた恨みがいまだ晴れないのだと語ったという。その後、地蔵を穴に納めて供養や読経を重ねてもなお、死者が出続けたと伝えられる。
- 広まり方
- 1974年刊『日本随筆大成第2期』所収、滝沢馬琴「兎園小説別集」および同「兎園小説余録」に記されている。
- 地域
- 京都府京都市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ