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飯田の祟りを鎮める八社のイメージ挿絵
この挿絵は当サイトが項目ごとに用意したイメージ画像です。写真や原典の図版ではありません。

いいだのたたりをしずめるはっしゃ

飯田の祟りを鎮める八社

国内 呪物・呪い
どんな話か
非業に死んだ者の祟りを恐れて社に祀り鎮めるという、伊那谷の御霊信仰にまつわる伝え。
細部

元和元年、強欲で百姓の嘆願をまるで聞き入れなかった領主遠山土佐守が恨みを買い、一族八人が討たれた。しばらくは何事もなかったが、次第に祟りが恐れられるようになり、界隈の神社には八社の社が併せて祀られることになったという。松尾では、宗良親王の子である尹良親王が草履の緒を切らし、替えを乞うたのを断られて裸足のまま去り、山中で賊に殺された。以後この地では足を病む者が絶えず、ゆきよし様として社に祀ったと伝える。

道を尋ねた末に諍いとなって殺された山伏の話もあり、後年の疫病流行の折に病人が神がかって、遺骸に木の根が絡んで苦しいので静かな所へ移してほしいと訴えたため、鎮めて大平霊社としたという。祟りや障りに見舞われたときは祈とう師に願ってもらう習わしもあった。

広まり方
1935年の『旅と伝説』所収、栗山一夫「伊奈地方に於ける御霊の社」と、1988年刊『長野県史 民俗編 南信地方 仕事と行事』の民間信仰編、共同祈願「祈とう師」の項に記録がある。
地域
長野県飯田市
年代
江戸時代
検証状況
伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。

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