いわきのたたるたとこうちょう
いわきの祟る田と校長
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- いわき市各地に祟りのある田が伝わり、耕した校長や大工が病や不幸に遭った話が繰り返し語られる。
- 細部
いわき市には祟りのある田の話が複数残っている。ある学校が祟りのある田を作ったところ教員の中に病人が出て、その校長は近年失明に近い状態になったという。小川町では、田の中に祀られていた弁天様がいつの間にか埋まってしまった弁天谷地という田を、大正期に学校が耕作したところ校長がぽっくり死に、続いて耕作を引き継いだ大工も妻子を亡くして手放したといい、草を刈ったら大うなぎが出てきたとも語られる。
四倉町のイヘエダ(位牌田)と呼ばれた田は持ち主が次々と一家で死に絶え、寺の持ち物を経て現在は鉄道敷地になっている。大久町では坊主から寺の田を買い取った男が山仕事で足を折り、遠野町では伊勢の札売りを殺した曰くのある上田が作る人に不幸をもたらすといい、原因不明の不幸から神おろしによって祟りの田が判明した例もある。
- 広まり方
- 1969年刊『東北民俗』所収、和田文夫の「祟りの田の話(一)」に記録がある。
- 地域
- 福島県いわき市
- 年代
- 大正
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ