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噂の出所をたどる

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高道の碑のイメージ挿絵
この挿絵は当サイトが項目ごとに用意したイメージ画像です。写真や原典の図版ではありません。

たかみちのひ

高道の碑

国内 呪物・呪い
どんな話か
寛政2年に塚を鋤で削った農夫が原因不明の病に倒れ、祟りだと悟った家族の詫びでようやく治ったという。
細部

寺崎部落の近くには、天安二年正月に陸奥守として下り蝦夷との戦で亡くなった坂上大宿禰高道の墓とされる塚がある。村人はこれを山田の碑、貞観石などと呼び、この塚を汚すと禍を受けると言い伝えてきた。寛政二年四月、庄兵衛という農夫がこの塚の上の土を鋤で掘り返したところ、帰宅後に高熱と悪寒に見舞われて意識を失い、「百姓の身でありながら蓑笠をつけ土足のまま我が塚の上を削るとは、あまりに礼を欠いている」といったうわ言を口にするようになった。

驚いた家族が塚へ駆けつけて香や花を供え、非礼を詫びると、主人の病はたちまち癒えたのだという。長らく碑を顧みずに荒れるままにしていたことが祟りを招いたのだろうと、寺崎部落の高橋屋六蔵という人物が語り伝えている。

広まり方
1956年刊『宮城縣史 民俗3』の妖怪変化・幽霊の事例篇に、寺崎部落の高橋屋六蔵の談話として記録がある。
地域
宮城県石巻市
年代
江戸時代
検証状況
伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。

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