ししだ
獅子田
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 獅子田は、争いに敗れて殺された旅の獅子舞を弔った塔婆が土地整理で田に取り込まれ、祟り田と化したという。
- 細部
- 羽後町の獅子田は、旅の獅子舞い一座が土地をめぐる争いに敗れて命を落とし、その死を弔うために建てられた墓と塔婆に由来する祟り田である。当初は墓として丁重に扱われていたが、後年の土地整理によって、その塔婆のあった場所が田の一部として組み込まれることになった。弔いの場であった土地が耕作地に変わってしまったことをきっかけに、祟りが起こると噂されるようになり、獅子田と呼ばれて忌み嫌われるようになったのだという。信仰の対象であった場所が生活の都合で改変された結果、祟りという形で反動が語られる典型的な例である。
- 広まり方
- 『季刊どるめん』1975年掲載の嶋田忠一「祟り田伝承の二,三」に記録が残る。
- 地域
- 秋田県羽後町
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ