しりょうのはか
死霊の墓
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 宿を断られて命を落とした行者の妻が村を呪い、流行病が広まったため霊を祀ったという墓。
- 細部
- 享保のころ、日暮れに一人の行者がこの村へ入って宿を求めたが、どの家も泊めようとしなかった。行き場を失った行者は村はずれの崖から落ちて死んだという。ほどなく妻が遺体を引き取りに来て、村人の薄情さを口をきわめて罵り、たたれ、たたれと繰り返し呪った。その後まもなく村には流行病が広がったため、死霊を鎮めようとして明治三十二年二月に石宮と墓が建てられた。呪いの由来と、後年になって祀り直した経緯とが一続きで語られている。
- 広まり方
- 1987年刊の『長野県史 民俗編 東信地方 ことばと伝承』第12編、細川修と松本清人による塚の伝説の項に載る。
- 地域
- 長野県佐久市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ