しんたく
神託
国内
儀式・遊び
- どんな話か
- 婢女文子への菅霊の託宣と近江の禰宜良種への託宣が重なり、最珍と文子が力を合わせ北野の霊社を建てた由来。
- 細部
- 文子という名の婢女の家に、亡き菅原道真の霊が現れ、右近馬場の地に住みたいという神託を下したため、その場所に霊廟が建てられることになった。それから6年ののち、今度は近江国にいた禰宜の良種のもとに、北野の地に一夜にして千本の松を生やそう、そこに建てる社を天満天神として崇めるようにという託宣が下ったという。これを受けて、朝日寺の僧であった最珍と文子とが力を合わせ、あらためて霊社を造り上げたと伝えられる。以来、文子の夫の家系は代々神職を務め、その妻もまた代々「文子」の名を継いで当社の巫女を務めるならわしになったという。
- 広まり方
- 1983年刊『続日本随筆大成別巻』所収、操巵子「諸国年中行事」に記されている。
- 地域
- 京都府京都市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ