しんえもんいなり
新右衛門稲荷
国内
未確認生物
- どんな話か
- 松島の新右衛門と名乗る者を乗せた石巻の親船が無事帰航し、その正体は狐と分かったが、のちの遭難で船を守った恩に稲荷を建てて祀ったという。
- 細部
天明年中(1781~1788)のこと、石巻のある大きな船が江戸からの帰路に就こうとしていたとき、松島の新右衛門と名乗る者が便乗を願い出て、船に乗せてもらうことになった。船旅は驚くほど順調に進み、3日という短さで松島湾内の寒風沢へと着いてしまう。新右衛門の家は離れた島だというので小舟で送り届けたところ、島に着いたとたんその姿はかき消えてしまった。島中をくまなく探しても、そのような人物は誰も知らないという。
首をかしげながら島を後にしようとすると、島のほうから狐の甲高い鳴き声が聞こえてきたのだという。それからしばらくして、この船が再び江戸へ向かい、その帰りに5隻で連なって鹿島の沖を進んでいたところ、激しい時化に遭って4隻が沈んでしまうが、この親船だけは無事であった。これもきっと新右衛門殿のおかげに違いないと、人々は雄島に稲荷の祠を建てて手厚く祀ったと伝えられている。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』伝説・祠堂の部に記録がある。
- 地域
- 宮城県松島町
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ