おおつきのさるがおしえたさるはしのゆらい
大月の猿が教えた猿橋の由来
国内
未確認生物
- どんな話か
- 飛鳥時代、猿橋の断崖に橋を架けようとした匠が、月夜に猿の橋渡しを見て設計を得たとする地名由来譚。
- 細部
- 推古天皇の御代、造園の名手であった志羅古がこの地に住み着き、村長の子・恭任を弟子とし娘の美久里の世話を受けていたと伝わる。ある月の明るい晩、大勢の猿が互いの手足を組んで崖に橋を渡すさまを目にした志羅古は、これをもとに架橋の案を練り上げる。まどろむ夢枕に2匹の猿が現れ、病める猿王のために申年申日申刻生まれの未婚の男女の血を捧げよと迫り、応じねば妨げると告げた。工事を強行すれば暴風雨で橋は幾度も流失し、ついに志羅古は自らと美久里を人身御供とし、後事を恭任に託して橋を完成させたという。猿にちなんで猿橋と名付け、傍らに猿王を祀る山王宮が建てられた。
- 広まり方
- 1962年発行の『甲斐路』所収、竹川義德「甲州の伝説 桂川」に採録されている。
- 地域
- 山梨県大月市
- 年代
- 飛鳥時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ