さいしによるへいあん
祭祀による平安
国内
儀式・遊び
- どんな話か
- 安元の大火と後白河法皇幽閉に始まる乱世が、元和の頃の神社造営と祭祀の復興でようやく治まったという話。
- 細部
- 安元3年に樋口富小路のあたりから出た火は神祇官にまで及び、祀られていた御正体を焼き尽くしてしまった。同じ年の11月には、後白河法皇が平清盛によって鳥羽殿に押し込められ、後鳥羽院は佐渡国へと移されるなど、時の天皇までもが武家の食客同然の扱いを受け、世の中は大いに乱れたという。こうした混乱がようやく収まり、平穏な世に立ち返ったのは元和の頃のことであり、それは神社をあらためて造営し、祭祀の礼奠を厳重に執り行って旧来の姿を復興させたためだと語られている。
- 広まり方
- 1976年刊『日本随筆大成第三期』所収、斎藤彦麻呂「傍廂」に記されている。
- 地域
- 京都府京都市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ