さちょうじんじゃ
狭長神社
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 狭長神社はもと佐中にあり、社の前を馬で通りかかると必ず落馬して毎年1人が命を落としたため、社を下方へ移したと伝わる。
- 細部
- 現在の狭長神社は、もとは稲荷を祀っていた場所に複数の神々が合祀されてできた社だという。もともとは佐中というところに社があったとされ、そのころは横屋と呼ばれる家が神体を預かって守っていた。祭神はウズメノ命と天御星命と伝えられている。馬に乗った侍たちがこの社の前を行き過ぎようとすると、なぜか決まって落馬してしまい、1年に1人は命を落とすほどだったといい、あまりに祟りが激しいために、社を今の低い場所へと下ろして遷したのだという。祭神の合祀や神体の管理の経緯とともに、通行人に害をなす祟り社としての性格が語り継がれている。
- 広まり方
- 国学院大学民俗学研究会が1984年に行った民俗採訪『島根県飯石郡掛合町旧掛合村』の聞き取りで、狭長神社の由緒として記録された。
- 地域
- 島根県雲南市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ