たがじょうしのろくぶをきったごうぞくのたたり
多賀城市の六部を斬った豪族の祟り
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 無実の六部を斬った豪族に祟りが及び一族が死に絶えたという、上人塚・上人田の言い伝えを伝える。
- 細部
「上人塚」と呼ばれる古い碑が立っており、正面右手には天和癸亥年善海上人と刻まれている。今から三百五十年ほど前、この地方で力を振るっていたある豪族のもとに、家来が一人の六部(諸国を巡る山伏)を捕らえて連れてきたことがあった。主人は他国から送り込まれた間者に違いないと決めつけ、ろくに取り調べもせずに斬り捨て、亡骸を屋敷の片隅に埋めさせてしまう。ところがそれからというもの、この豪族の家には黒い雲が立ちこめるようになり、災いと不幸が次々に襲いかかって一族はついに死に絶えてしまったのだという。
その後、幾人か土地の持ち主が代わったが、いずれも思いがけない死を遂げている。今も残る善海上人の不動尊像がいつ、誰の手によって建てられたのかは分かっていないが、この場所は今でも「上人塚」、前にある田は「上人田」と呼ばれ、年配の者たちは近づかないようにしているという。
- 広まり方
- 『宮城縣史 民俗3』(1956年)の妖怪変化・幽霊の事例篇に記録されている。
- 地域
- 宮城県多賀城市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ