ろくぶのもっていたあわ
六部の持っていた粟
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 番所の通過を拒まれ入水した六部親子の持っていた粟が、不毛の地ダグリで芽吹いたという言い伝え。
- 細部
藩政の時代、上村にあった番所を通ろうとした六部とその娘が、通過を許されなかったためにダグリの先にある岩から海へ身を投げて命を絶ったという。以来、このあたりの瀬は六部瀬と呼ばれるようになった。この六部が持っていた粟が、普段は草一本生えないはずのダグリのあたりから芽を出し、人々を驚かせたと伝えられている。九十歳くらいの年配者であれば、たいていその粟を実際に見たことがあるというが、今ではもう芽吹くことはないのだという。
下村の人々が建てた六部の墓は、かつての墓所であった場所に今も残っており、台風のときにはその墓のあたりの土から、巡礼が持っていたはずの鈴が出てきたこともあったという。六部が世を恨んで詠んだとされる辞世の歌も伝わっている。
- 広まり方
- 1989年の『民俗採訪』掲載、国学院大学民俗学研究会「夏井 信仰」に記録されている。
- 地域
- 鹿児島県志布志市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ