いしまくらいなり
石枕稲荷
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 旅人を殺め金品を奪っていた老婆の祟りを鎮めるため祠が建てられ、のちに稲荷として村の産土神になった。
- 細部
- かつてこの地には、旅人を家に泊めては石の枕を用いて殺し、金品を奪っていたという老婆がいた。老婆が世を去った後、その祟りとみられる災いが相次いだため、里の人々は霊を鎮めようと祠を建てて祀ることにした。時を経てこの祠は稲荷として呼ばれるようになり、やがて村全体を守る産土神として崇められる存在になったという。同じ話が『塩尻』とその後に補われた『塩尻拾遺』の双方に書き留められており、天野信景によって記録が重ねられたことがうかがえる。
- 広まり方
- 1977年刊行『日本随筆大成第3期』所収の天野信景「塩尻」と、1978年刊行の同シリーズ「塩尻拾遺」の両方に、同内容が記録されている。
- 地域
- 愛知県江南市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ