にょらいのたたり
如来の祟り
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 慶長の大地震で壊れた方広寺大仏に代え善光寺如来を本尊としたところ夏に大雪と寒気が襲い、秀吉の死の前触れとする如来の祟りと語られた。
- 細部
- 1596年(慶長元年)、京都の方広寺にあった大仏が大地震によって壊れてしまった。そこで信濃の善光寺から如来像を京へ迎え、この御堂の新たな本尊として安置したという。ところが、まだ残暑の厳しい時期であったにもかかわらず、突如として空に雪が舞い始め、人々の体を凍えさせるほどの寒気が押し寄せた。季節外れのこの異変は、遠方から連れてこられた如来の祟りではないかと噂されるようになる。時を経て豊臣秀吉が8月18日に世を去るのだが、その前日、まるで祟りを恐れたかのように如来像は善光寺へ送り返されていたという。
- 広まり方
- 日本随筆大成第二期1975年収録、菊岡沾凉「諸国里人談」に記されている。
- 地域
- 京都府京都市
- 年代
- 安土桃山時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ